在るがままで根源的にひとつ

まず自分の心身を想像してみてください。

自分にとって根源的にひとつといえるものは何でしょうか。

それは目に見えている体でしょうか。
自由に動かせてどこにでも行けて、鍛えれば素晴らしい能力も得られます。

体の原動力はなんでしょうか。
それは手ですか、足ですか、心臓ですか、脳ですか。

脳の原動力はなんでしょうか。
それは血液ですか、シナプスですか、シグナルですか。

シグナルの原動力はなんでしょうか。
どこかに行きたい、何かをしたいという欲求はどこから生まれているのでしょうか。

古人はその行き着く先の原動力を心や魂といった呼称で観念付けました。
体の各所における根源的にひとつのものが魂であるといえます。
自分にとって魂が根源だと定義できるかもしれません。
そして根源である魂は、体の各所と同一だともいえます。

魂、あなたには見えますか。
それは、確実にあなたであるはずなのに、あなたには見えますか。

我々はすでに、体の内に根源を内包しているのです。
見えなくても感じることができるはずです。

そしてこの根源を生み出したのは、親といわれる人です。
我々は、一般的には親から生まれます。

人が人を生む。魂が魂を生む。

つまり、根源が根源と出会って調和を得ることで、新しい根源を生み出せるということです。

この理屈を逆に辿っていくと、どこかで本当の根源に行き当たるはずです。

心身がここに在るという事実だけでも、すでに根源的にひとつという観念を実証しています。

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