貨幣制度の考察

地上で起こっている数々の問題は、政治・経済・教育など、その性質が多岐に渡っています。地球で暮らす多様な人々の日常から発生する事柄ですから、多様性を持つのは当然といえます。世界ではそういった数々の問題提起がなされていて、それらに対して識者が論じています。そして、度々出てくる問題の中で、格差社会が話題とならない日はありません。それらに対しては、劣等感や選民意識、経済に関わる物事などが原因として挙げられることが多いようです。その中のひとつ、経済は現在の日常に欠かすことの出来ない要素です。そしてその経済の中でもっとも知られている要素は、言うまでもなく貨幣制度だと考えられます。

僕は専門家ではありませんので、貨幣制度に関しての本質を語ることは出来ません。僕の力量では、貨幣制度を語りつくせる表現を持ち合わせておりません。しかし、貨幣制度には数々の問題があり、多くの専門家がその問題を解決しようと努力をしていますが、いまのところ、その問題を根本的に解決できていないことは知っています。

そして、いま、その貨幣制度は、破綻を迎えようとさえみえます。もう破綻しているのかもしれませんが。

そこまでしてなぜ貨幣制度にしがみ付かなければいけないのでしょうか。いっそのこと手放してしまって、一から経済というものを考え直せばよいだけではないのでしょうか。

貨幣制度を一気に無くすと世界経済が混乱するため、それをすぐには無くせないという理論があります。その代替案として、徐々にその利用を減らしていって影響を少なくする。逆に、極限まで飽和させてしまって湯水の如く使えるようにする。といった理論が生み出されていきました。でも、どれほど貨幣制度を解決へと導く案が出ても、それが採用されることがありません。もうそんな小細工などせずに混乱を起こるがままに一気に無くそうという動きも出てきます。しかし、経済の根幹を成すといってよい貨幣制度を取り払った場合の社会的混乱の懸念に戻り、議論は永久に循環し、終わることはありません。

なぜこのような堂々巡りになるのでしょうか。本当に貨幣制度というものが原因なのでしょうか。本当に格差社会が問題なのでしょうか。この無限連鎖の原因は一体どこにあるのでしょうか。

原因と結果の関係から言えば、格差社会も貨幣制度も問題ではなく、なぜ社会的混乱が起きるのが問題なのではないでしょうか。そして、我々はその混乱に対しての解決策を論じ合わなければならないのではないでしょうか。

しかし、その社会的混乱に関しての議論はほとんど行われず、いまだに経済と貨幣制度をベースとした議論が永遠と続いています。終わり無き議論です。

社会的混乱とは何でしょう。社会の要素とは何でしょう。社会は家族の繋がりであり、家族は個人の繋がりです。

突き詰めれば、我々が気付きさえすれば、すべての問題は解決するのです。

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